日本人の癌を減らそう 味の素とフライドポテト MSG №2

日本人の癌の死亡が多いのは日本の過去を振り返ると見えて来るものがあるはずです

基本的に考え方や行いが間違っているから日本人の癌の死亡者が増えるのだと思うのです。
日本の昔はどんなに貧乏でも子宝には恵まれていました。


1970年大阪万博開催頃から急激に癌の死亡者が増加傾向です
現在と過去を比べれば一目瞭然です。

便利と言われるスーパー・コンビニが日本中に広がり
個人の商店は潰され商店街はシャッター商店街になり

何でも1か所で揃うスーパーで買い物をすることが一般的になってしまった。


消費者がそれを選んでしまった。
大店舗法があるけど役にも立たず商店街は消えてしまった。
大型のスーパーでは、クレジットカード決済やらポイントは魅力的で便利です。
しかし。添加物だらけの商品が並べられ売られているのが実態です。


売れるから、どんどん作れ作れ。
農薬を使用してまで生産性に力を注ぐ。
農家は作り切れないので農薬をどうしても使用する。

悪循環が繰り返される。

曲がった🥒キュウリなど無い。その方が形状が整い綺麗ですが、実は不自然です。


自然の野菜では無いって事です。体に悪い野菜。


食べるものが薬まみれで悪ければ、病気にもなる。
食べた物が体になるのですから、できるだけ良いものを選び食べるが基本です。


大型スーパーでは監視カメラが取り付けられ個人のプライベートを勝手に撮影。

コウロギの商品を販売してみたり強気なんですね。


あなたがもし個人商店をされていたら、コウロギ商品など取り扱いますか?


牛乳・バター・ヨーグルト・チーズ・油脂関係と言った乳製品は、急激な価格変動は昔からコントールされています。一般の消費者が結局は困る。


消費者がスーパーで買い物をしてしまうからポスレジデータを収集しコントールも出来てしまう世の中の構造となったのかなとも思えます。

鳥インフルエンザやら豚コレラなどと言いつつ、証拠も出さずに処分する。



個人商店で買い物が出来るのなら、そっちの方がオマケもしてくれる。会話も出来る。個人だから頑張るって気持ちが伝わりハートがある、本来の買い物の楽しさがあるのは個人店だと思えるのです。昔ながらの八百屋さん。魚屋さん。良いですよね。


世界にはステキなマルシェがいっぱい!イケてる都市にはマルシェがある。


マルシェ

僕は同じ買い物をするのならこっちマルシェ



実はこどもの頃に味の素の広告に出ていた

どういう経緯なのかは、知らないですけど親戚が出てくれる?と言われたから。それから味の素の広告に自分が出ていたのです。
多分出演料貰ってたかもしれない。
まぁそれはともかく。


川崎にとても大きな味の素の工場があるのです。すっごく臭い工場で気持ちが悪くなるほどです。とてもその場所で生活など出来ないほどの悪臭は酷いのです。



臭いからして感じるのは肉の腐敗した様な臭い?工場の雰囲気は暗くて薄気味が悪く、近づきたく無い感じです。
臭くて誰も歩いていない場所です。
多摩川に面しているのですけど、とても気持ちが悪い場所です。


子供の頃に母は、味の素は石油から作られているのだと教えてくれた。でもね。石油の臭いとは違う感じ、強烈に腐った肉に近い感じ。今はどうなっているのかは知りません。
あんなところで仕事をするなら死んだ方がまし?マジです。笑



うまみ発見者、池田菊苗



旨味は日本発祥ですか?
うま味の発見は日本人科学者


これに注目した東京帝国大学・池田菊苗博士は、昆布だしの味の正体を明らかにする研究を始めました。 そして1908年、昆布からグルタミン酸を取り出すことに成功。 グルタミン酸が昆布だしの主成分であることを見出し、その味を「うま味」と名づけました。


うっそ臭い。笑


池田教授は,1864(元治元)年,薩摩藩京都留守居役の次男として京都に生まれ,1885年に,帝国大学理科大学化学科(現在の東京大学理学部化学科)に進学,義兄でもある櫻井錠二教授から化学を学びました。1889年に卒業し,1896年東京帝国大学理科大学化学科の助教授となり,1899年から,物理化学研究の中心であったドイツ・ライプツィヒ大学のオスワルド教授(1909年ノーベル化学賞)の研究室に2年間留学しました。留学後,ロンドンに一時滞在した際には,夏目漱石と同じ下宿に住み,漱石の文学論に大きな影響を与えたと漱石の手記に残されています。帰国後,1901年に東京帝国大学理科大学化学科教授に就任した池田教授は物理化学という分野を日本に導入し,その基礎を築きました。


江戸留守居役は大名諸家の江戸屋敷に常駐し、幕府・他藩との連絡・折衝をはじめ、各種情報の収集に当る外交官である。 彼らは留守居組合を構成し、情報の交換を行い、時には幕政をも左右する存在であった。



薩摩藩(さつまはん)は、江戸時代の藩。 藩庁は鹿児島城(鹿児島市)、藩主は島津家。 薩摩・大隅の2か国および日向国諸県郡の大部分(現在の鹿児島県全域と宮崎県の南西部)を領有し、琉球王国(現在の沖縄県)が服属した。


ドイツ・ライプツィヒ大学ね、やっぱりって感じもします。
昔から昆布など一度も見たことも無いし、きっと変な物で作っているはず。
味の素は🐼だし中国系なのでしょうね。
初期の味の素も赤い中国系のラベルだしね。


白い粉みたいに精製された物は、基本的には化学薬品です。
味だけ美味しく感じさせる化学薬品。



世界人口の推移

日本は頑張らないとヤバイよね。
外国人だらけになった日本。土地は買われてしまった。
とっても深刻な状況である。




【AI・人工知能・未来予測】世界人口の推移をランキング(1950-2500)